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昌子源(しょうじげん)の高校と名前の由来は?年俸と海外移籍が気になる!

鹿島アントラーズ所属のディフェンダー(DF)昌子源さん、鹿島では不動センターバック(CB)のレギュラーとしてチームの堅守を支えています。

2016年12月に行われた世界一のクラブを決めるクラブワールドカップでは、南米王者や欧州王者のレアルマドリード相手に、物凄いパフォーマンスを見せて世界に強烈な印象を与えました。

昌子源はしょうじげんと読みます、 昌子はまさこと間違えられて読まれることが多いそうです。

鹿島アントラーズ所属の昌子源さんの出身高校や名前の由来と、入団からの年俸推移と海外移籍の噂の話を調べてみました。

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目次

プロフィール(経歴)

昌子 源(しょうじ げん)
生年月日 1992年12月11日(26歳)
出生地 兵庫県神戸市北区
鳥取県米子市
身長 182cm
体重 74kg
血液型 AB型
利き足 右
靴のサイズ
背番号 23→15→3

フレスカ神戸U-12
ガンバ大阪ジュニアユース
私立米子北高等学校
鹿島アントラーズ(2011-)

 

昌子さんの出身地は兵庫県神戸市北区で、実家は六甲山のふもとにあるそうです。

ボールを蹴り始めたのは2歳の頃からで、サッカーのチームに入ったのは小学1年の時、本当は3年生からのチームなのに飛び級で入ったと語っていました。

小学生の頃の小柄でポジションはFWでした、4年生の頃から選抜チームに選ばれることが多くなり、神戸市選抜→兵庫県選抜→関西選抜へとステップアップしていきます。

 

そして 中学からはガンバ大阪ジュニアユースに進みました。

当時の関西選抜に選ばれた6年生の子たちの大半がガンバ大阪ジュニアユースに進み、その中には宇佐美貴史さん(FCアウクスブルク)や大森晃太郎さん(ヴィッセル神戸)などがいました。

昌子さんはガンバジュニアユースを中学3年生の夏に退団しています。

退団理由は中2の時に痛めた膝のせいとwikiにありますが、こちらのコラムには
人間的な部分で中学生という多感な時期に起こる問題を抱えていたと書いてあります。

鹿島フリークスという鹿島アントラーズのファンクラブが発行する雑誌で、子供の頃のことを聞かれて、「とにかくやんちゃ、学校で悪いことをして、いつも親が学校に呼ばれていた」と語っています。

学校に親が呼ばれるってよっぽどのことですから、昌子さん荒れていた時期があって、それが膝を痛めてサッカーをしていなかった中学3年生の頃なのかなと思ったのですが、小学校の頃の話かもしれませんしどうなんでしょね。

 

退団後はサッカーをしない時期が続きました、高校を決めるまでサッカーボールに触れることはなかったようです。

そんなサッカーを諦めかけていた昌子さんに手を差し伸べる方がいました、そのころ父の力さんはJFAのB級ライセンスのインストラクターをしていて、そのアシスタントをしていた中村さんが、声をかけてくれたのです。

 

出身高校は?

中村さん鳥取県米子市の高校のコーチをしていて、その高校に誘ってくれたのです。

その高校名は私立米子北高校です、なので昌子さんの出身高校は米子北高校ということになります。

どうでもいい話ですが、米子には東西南北の付く高校があります。米子の場合は、東西南が公立高校で、北だけが私立高校になっています。

ちなみに全国に地名+東西南北の付く高校がある地域は20~30くらいあるみたいです。

中学から高校に上がる時にサッカーをやめてバスケをやろうかと思ったとそうなので、中村コーチが声をかけてくれたことにより、昌子さんがバスケの道に進まなくて本当に良かったと思います。

センターバックへのコンバート

高校でもFWとしてプレイしていましたが、試合に出れない日々が続いた高校1年のある日のことです。

米子北は当時JFLのガイナーレ鳥取(現J3)との練習試合をしていて、残り時間20分くらいの時に先輩センターバック(CB)がケガをしてしまい、

ベンチにいた昌子さんが監督にちょっとやってくれと言われ急遽CBとして出場、そこでガイナーレの外国人選手とやりあったのが監督に評価されて、明日からCBだと言われCBへのコンバートが決まったそうです。

FWからDFへのコンバートよくあることですが、コンバートされる方は大抵最初は嫌がりそしてしぶしぶ受け入れます、昌子さんもご多分に漏れず昌子さんもCBへのコンバートには難色を示しました。

最初は本当に嫌だったそうですが、監督やコーチが絶対にFWはやらせないと言いその強固な態度に、昌子さんもCBとしてプレーしていく覚悟を決め、CBとして真剣に取り組むようになりました。

コンバートされて2年生の高校総体(インターハイ)で、鳥取北は準優勝、3年の高校総体ではベスト8と天皇杯出場などに貢献そしてU-19にも呼ばれます

いつしか昌子さんは高校サッカー界屈指のCBや超高校級と呼ばれるまでに成長していました。

監督とコーチは急造CBとして出場した20分に、昌子さんのCBの適正を感じたのでしょう、狙い通りFWからのコンバートは大成功しました。

このコンバート大成功ってレベルじゃないですよね・・・
高校総体で準優勝して、米子北には面白いCBがいるということが広まり、鹿島アントラーズの椎本邦一スカウト担当部長が目に留めたらしいです。

 

鹿島アントラーズへ

高校卒業後は鹿島アントラーズへ入団しました。

 

鹿島入りを決めた理由は、

「練習参加したときにとてもいい雰囲気のなかでできた。今のアントラーズのプレースタイル、堅い守りというところを自分も磨きたいと思った」
引用

と答えています。

 

昌子さん良いチームを選びましたよね、鹿島は選手育成には定評ありますし、入団当時は中田浩二さんに岩政大樹さんに伊野波雅彦さんといった、お手本になる素晴らしいセンターバックがいましたので。

昌子さんと2011年に同期入団したのは、柴崎岳、梅鉢貴秀、土居聖真とそうそうたるメンバーでした。
2011年入団の年は天皇杯で公式戦初出場。

2012年リーグ戦初出場しカップ戦天皇杯も含めて計18試合に出場、2013年はシーズン中に右膝半月板損傷という大怪我をしてしまい出場試合は5試合にとどまりました。

2014年は開幕戦からスタメンでリーグ戦初ゴールを記録、その後全試合にスタメンとして出場して、Jリーグ優秀選手賞を受賞しています。

2016年はJリーグチャンピオンシップ準決勝で川崎フロンターレを、決勝では浦和レッズを破り優勝に貢献、Jリーグのベストイレブンに選ばれています。

クラブワールドカップ2016

2016年12月のクラブワールドカップでは、準決勝の南米王者のアトレティコ・ナシオナル戦では守備の要として大活躍し、Jリーグ勢としては初めての決勝進出に大貢献。

決勝は欧州王者のレアルマドリード!!アントラーズはレアル相手に大善戦し、延長戦の末に破れますが、世界2位に輝きました。

レアル戦でも昌子さんは抜群のパフォーマンスを見せて、ワールドクラスのベンゼマさんやクリスティアーノ・ロナウドさんなどと互角に渡り合い、日本や世界に強烈な印象を与えました。

あと少しのところまでレアルマドリードを追い詰めましたよね、勝てたかもしれない試合でした。

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名前の由来が気になる!

昌子源(しょうじげん)の源(げん)の名前の由来ですが。

お父さんの名前が力(ちから)なので、力の源(みなもと)ということでつけられたそうです。

ここからは推測ですが、源(みなもと)だと語呂が悪い呼びづらいから、源(げん)にしたのではないかと思います。

お父さんは子供達のために頑張ってきたのでしょうから、子供達は正に力の源ですね。

ありえないんですが、昌子さんが源(みなもと)さんちに婿入したら、源源になりますね。

 

成績と年俸推移

2011 J1 天皇杯2試合
2012 J1 リーグ9試合 カップ5試合 天皇杯4試合1G
2013 J1 リーグ4試合 カップ1試合
2014 J1 リーグ34試合2G カップ6試合
2015 J1 リーグ29試合3G カップ4試合 ACL5試合
2016 J1 リーグ31試合1G カップ2試合1G 天皇杯4試合 チャンピオンシップ3試合 クラブW杯4試合
2017 J1 リーグ34試合1G 天皇杯3試合1G ACL8試合

計 J1 リーグ141試合7G カップ18試合1G 天皇杯13試合2G ACL13試合 チャンピオンシップ3試合 クラブW杯4試合

 

Jリーグ初出場 2012年03月24日 J1第3節 サンフレッチェ広島戦(広島ビッグアーチ)
Jリーグ初得点 2014年03月01日 J1第1節 ヴァンフォーレ甲府(国立競技場)

 

日本代表
2015 出場1試合
2016 出場1試合
2017 出場8試合1得点

 

年俸推移

2011年(19歳) 360万円
2012年(20歳) 360万円
2013年(21歳) 480万円
2014年(22歳) 550万円
2015年(23歳) 2,000万円
2016年(24歳) 3,000万円 2,000万円
2017年(25歳) 4,000万円 3,500万円  4,000万円
2018年(26歳) 4,200万円  5,000万円

*黒の太文字はサカマネ.net推定年俸
*赤はサッカーダイジェスト版選手名鑑推定年俸
*青はエル・ゴラッソ版選手名鑑推定年俸

 

サッカーダイジェストの選手名鑑ですと、2016年は2,000万円、2017年は3,500万円となっていて。

エルゴラッソの選手名鑑ですと 2017年は4,000万円となっています。

どれが正しいかわかりませんが、2017年は3,500万~4000万円貰っているようです。

 

海外移籍

クラブワールドカップ開催前の2016年10月下旬、ガンバ大阪の昌子さん獲得の話が報道されましたが、いつの間にかに立ち消えになっていました。

2017年3月24日ドイツ・ブンデスリーグの名門ブレーメンの今夏補強リストに昌子さんがリストアップされたと報道されました。

クラブワールドカップでの昌子さんの大活躍で海外のクラブからロックオンされたのは明白でしたから、海外へのクラブへの移籍報道があっても驚く方は少ないと思います。

3月上旬にブレーメンの強化担当者が試合を視察し、昌子さんの1対1の強さとフィードを高く評価したそうで、4月に再来日して昌子さんのプレーをみて、オファーを出すか最終決断するみたいです。

海外移籍することになったら、昌子さん明るい性格でよくしゃべるそうなので、孤立などはしなそうなので、言葉を話せるのかどれだけ早く話せるようになるのかが大事になりそうですね。

長友さんみたいに現地の言葉を話せなくても、仲良くなってしまう方もいますが、もしかしたら昌子さんもそのタイプの可能性もありますね。

日本代表のハリル監督海外のチームに所属している選手が大好きですし、今年25歳という年齢を考えても本当にオファーがあるならチャレンジしてみる価値はありますよね。

 

 

まとめ

出身地は兵庫県神戸市北区六甲山のふもと

小学生時代はフレスカ神戸U-12で活躍し、神戸市選抜→兵庫県選抜→関西選抜とステップアップ

中学はガンバ大阪ジュニアユースで活躍、中三の夏に退団

高校は鳥取にある私立の米子北高校

高校時代にFWからDFにコンバート

高校2年のインターハイで準優勝、3年ではインターハイベスト8天皇杯出場

高校卒業後は鹿島アントラーズへ入団

2014年にリーグ戦全34試合に出場し、Jリーグ優秀選手賞受賞

名前の由来は、父が「力」なので、「力の源」ということでつけられた。

ドイツブンデスリーグ・ブレーメンへの移籍の可能性がある

 

 

 

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